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「ウォンテッド」

2008/10/11

久々に映画館へ。

ジェームズ・マカヴォイ、で良いのかな?
「この気弱そうな青年、どこかで見たような・・・」と、
予告編なんかでもずっと思っていましたが、
ナルニア国物語」でケンタウロスかなんかだったのですね。
なるほど。
しかし、徐々に精悍な感じになっていきます。良い感じ。

宣伝の割にはアンジェリーナ・ジョリーは目立たない感じ。
歳を取ったかな、なんて思ってしまいますし、
元々「絶世の美女」という感じではないと僕は思う(失礼な)
でも、それでも尚かつ「美しい」と思える方。
スタイルはもとより、何というのか溢れ出る自信(オーラ)?
が、そう感じる所以だろうか、という自己分析。
劇中における最後の決断もまた、
ある意味「美しい」ものだったのでは。

作中で「運命」という言葉が出てきますので、少し。
実際の定義がどうか知りませんが、
どうも世間では「運命」が非常に小さく扱われていると常々思う。

悪役   「お前は俺に殺される運命なのだ!」
正義の味方「ふざけるな!運命は自分で切り拓くものだ!」
努力に努力を重ね悪役を打ち破る正義の味方。

極端に簡単に要約しましたが、こういうの多いのでは。

僕の考えは、
「ひっくり返ったかのように見える結末」も含めた全てが、
「運命」であるということ。
釈迦の手のひらの上でいきがる孫悟空の如し、という感じ。

「だから努力は無駄だ」とか、そういうことを言いたいのではありません。
「こうこうこうなる運命だ」なんていうことは、
人間の知り得ることでは無い。
だから、そんなことを言う人(もしいても、ですが)のことなんて無視して、
自分でしっかりと判断・決断して行動していればいいじゃん、ということ。
どう定義されているかは知りませんけれど。

そう考えると最大の悪役の言っていることは正しい。
「俺が全てを握るんだ」みたいな。
そしてまた、そんな悪役が「標的」として名指しされたことが、
「運命」の絶対さを示してもいる。
そう感じました。

もしかすると「運命」は未来にあるものではなく、
過去に当てはめるべき言葉ではないのかとも思えますね。
「こうなったんだから、こうなる運命だったのだろう」と。

そういうのが寂しいと感じる人が「切り拓く」対象とするのでは。
早く寝たいしまとまりませんが(笑)

脱線した感もありますが、クールで面白かったです。
音楽がまた良い。
サントラを忘れないようにレンタルしよう。
良かった良かった。
ではでは。
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HINAた

Author:HINAた
某鉄道会社勤務。
読書・QMA・映画が好き。

QMA3後半~QMA6まで、
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