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「オジいサン」

2011/10/11

京極夏彦、「オジいサン

さらっと読み終えました。
連作短篇集、でしょうか。
特に積極的に求めたわけではありませんが、
事前に「とんでもなく退屈な作品」、
というような評をいくつか目にしていたため手を出すのは遅くなりました。

実際、主人公は益子徳一、72歳、独身。
妖怪が出るわけでも殺人事件が起こるわけでもない。
恋物語が展開されるわけでもない。
そのまんま、「オジいサン」の思考垂れ流しが殆ど。
中には、
目玉焼きに挑戦→失敗して卵焼きに変更→失敗して炒り卵、
それだけの話、とかとかw
退屈と言えばそれはもう退屈なのでしょうけれど、
「小説とは退屈であってはならない」、
とかそういうものでしたっけ?
僕の場合悪評を目にしていたために得をした、という可能性もありますが、
意識したにしろ無意識にしろ、
「期待」とのギャップが大きかった人がつまらないと評しているのかなぁと。

おじいさんにしろ、おばあさんにしろ、
「おじいさん、おばあさん」という別の生き物ではない。
同じ「人間」なのですよね。

もの凄く納得して読むことが出来たのが、

「老人は若者が思うほどには老人ではなく、
 老人が思っている以上に老人である」

というような文章。
前者は内面、後者は肉体的なことを指しているのかと。
僕自身、もうド中年の域に達しています。
関わる世界も広がり、
「常識」といわれる様々にも多く触れてきました。
そんな中で、言葉であったり立ち居振る舞いであったり、
「対外的な見た目」はそれなりに年齢に合わせてこられたのかなと。
しかし、内面的に「大人になったな」と自覚した瞬間は無かった。
学校が会社に変わっただけで、
「やらなきゃいけないことはやって、
 あとはあれで遊んであれを読んであとは・・・」
って、ただただそれだけ。
ま、自分の家庭を持たなかったりということもあるにはあるでしょうけれど。

だけれど、「中年がアニメ見るのはおかしいからもうやめよう」
なんていう考え方はかけらも浮かばなかったし、今考えてもありえない。
例えば、ですけれど。
今後じじいになるんでしょうけれど、
「じじいにロックは似合わない、明日から演歌に切り替えよう」
なんていう風にはやっぱり考えないと思います。

「老人」というカテゴリに「自分」という存在が入るのではなく、
「自分」という存在が「老人」と認識されるようになる。
ただ、それだけなんですよね、多分。
若者はそうは思っていなくて、
「老人ってのはこういう存在だ」という勝手な思い込みがあるのでしょう。
そのギャップが「老人は若者が思うほど老人ではない」に繋がるのかと。
肉体的な面は述べる必要はないでしょうw

僕は多分、
「ゲームもアニメも小説もマンガもロックも大好きなじじい」になるでしょう。
周りに変に思われるから大好きな趣味を捨てよう、
そんな風に考えるような情けないじじいにだけはならないようにしたいものです。

と、こんなことをじっくりと考えさせられただけで、
やはり「小説」としての価値が僕にはあったのだと思うのですよね。
良かった。
ではでは。


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HINAた

Author:HINAた
某鉄道会社勤務。
読書・QMA・映画が好き。

QMA3後半~QMA6まで、
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